大学執行部リレーコラム

「権利の概念史シリーズ第3回 カノン法学と主観的ius概念」 (市原 靖久)

2011.01.13

 『グラティアヌス教令集』(Decretum Gratiani)とは、1140年頃、イタリアのボローニャで教会法(カノン法)の研究・教授にあたっていたグラティアヌスによって編纂された教会法令集で、原タイトルを『矛盾する教会法令の調和』という。教会法令集はそれまでにも存在したが、グラティアヌス教令集は、法令間の矛盾を調整するというスコラ学的な編纂原理を採用した体系的法令集であったので、既存の法令集をまたたく間に駆逐し、12世紀後半には、『教令集』といえばグラティアヌスのそれを指すまでになった。

 12世紀のローマ法学者たちが『学説彙纂』などの註釈をしたように、教会法学者たちは『グラティアヌス教令集』に註釈を加えた(こうした教会法学者たちをデクレィストと呼ぶ)。同教令集の第1部冒頭には、人間は「自然的ius」と「慣習」によって二様に規律されるという議論が出てくるが、デクレティストたちは、この部分について註釈を施すなかで、iusに主観的な意味を付加していった。

 前期デクレティストの一人であるルフィヌス(1192没)は、次のように註釈することによって、まず、iusを「力」とする理解に道を開いた。

    自然的iusとは、善を行い、悪を避けるよう、自然によってあらゆる人間に
    注ぎ込まれた、一定のvis(力)である。

 この理解は、前期デクレティストの代表者であるウグッチオ(1210没)の次のような註釈に受け継がれることになる。

    自然的iusとは、理性、すなわち、それによって人間が善悪を区別する魂の
    自然的なvis(力)のことである。……自然的iusとは、第二に、理性による
    定めであり、それは、……自分にしてほしくないことを他人にするなという
    福音書の一致した教えに要約することができる。

 ルフィヌスやウグッチオの理解では、iusは、古典古代において考えられていたような単なる「各人の正当な取り分」にとどまるものではなかった。彼らは、自然的iusを、神によって人間に与えられた一定の力、魂の力、理性ととらえたのであり、これは、iusを「人間に備わった力」としてとられることの始まりであったといえる。オッカムのウィリアムがiusを帰属主体がもつpotestas(能力)であるととらえたことは上述したが(第2回)、オッカムの主観的理解は、ルフィヌスやウグッチオの理解の延長線上にあったのである。

 その後、このようなiusの主観的理解は多くの神学者、法学者たちに共有されていく。

 たとえば、教会大分裂(大シスマ)の時代(1378−1417)に、パリ大学学長の立場からこの分裂に終止符を打とうと努力したフランスの神学者ジャン・ジェルソン(1363−1429)は、次のようにいう。

    iusとは、正しい理性の指示にしたがって何者かに属している直接的なfacultas
    (処理能力)ないしpotestas(権能)である。

 また、「国際法の父」「近代自然法学の祖」とよばれるオランダの法学者フーゴー・グロティウス(1583−1645)は、その有名な主著『戦争と平和の法』(1625)において、iusを次のように定義づけたうえで、iusのなかにpotestas(権能)、 dominium(所有、支配)、 facultas(処理能力)が含まれることを詳述している。

    iusとは、あるもの(あること)を正当に持ったり、為したりすることのできる、
    人のqualitas moralis(精神的資格)である。

 そして、「万人の万人に対する戦い」という自然状態から出発して強大な王権を是認する社会契約説を唱えた、イギリスのトマス・ホッブズ(1588−1679)は、主著『リヴァイアサン』において次のように述べ、iusの主観的理解を完成させた。

    著作者たちがふつうに自然的ius(ius naturale)とよぶ自然の権利(right of nature)
    とは、各人が、彼自身の自然すなわち彼自身の生命を維持するために、彼自身の
    力を使用することについて、各人がもっている自由であり、したがって、彼自身
    の判断力と理性において、彼がそれに対する最適の手段と考えるであろうどんな
    ことでも行う自由である。

 上述したように(第2回)、現代フランスの法哲学者・ローマ法学者ヴィレーは、古典古代およびトマスにおいてiusは配分的正義に関わる客観的で具体的な<もの>と考えられていたのに、唯名論者オッカムによってその主観的側面が強調された結果、iusは帰属主体である人間の力、権能、支配、処理能力、自由という意味をもつようになり、ついには、ホッブズによって、個人の本質から導き出される絶対的自由であると「誤って」とらえられるに至ったと考えた。ヴィレーによれば、オッカムこそが、主観的ius概念の、したがって主意主義的な法実証主義の思想的起源なのであったが、すでにみたように、その傾向は、中世盛期のローマ法学や教会法学においてすでに始まっていたのである。

 以上のように、ラテン語iusは、中世盛期以後、「各人の正当な取り分」という客観的な意味と、「各人の正当な取り分に対して各人がもっている力、権能、支配、処理能力、自由」という主観的な意味をあわせ持つようになり、近世になると、主観的な意味の方が前面に押し出されてくる。このようなラテン語iusが、ヨーロッパ近代諸語で、「正直」の意味をもつright、regt、droit、Rechtなどと訳されたのである。

 19世紀後半、『万国公法』の訳出にあたって、マーティンらがrightを「権利」(近代的「権利」)と訳したことについては最初にふれた(第1回)。この時代には、rightの意味は、ホッブズが述べているような意味として理解されていたのであるから、マーティンらが、rightを古典的「権利」(利権)からの類推でとらえたとしてもあながち間違いとはいえないであろう。

 しかし、rightと訳されたiusの背後には、アリストテレスの正義論までさかのぼる意味があること、すなわち、配分的正義における「各人のもの」(社会が当該個人にふさわしいと認め、その人に与えた、その人の取り分)を意味したこと、それゆえ、「権利」よりはむしろ「権理」が原義にふさわしい訳語であるということを知っておくことは重要であろう。

 昨年9月、尖閣諸島沖で中国漁船が日本の海上保安庁によって拿捕された際、中国外務省の姜瑜報道官は「中国が日本に謝罪と賠償を要求する権利があるのは当然だ」(中方当然有权要求日方作出道歉和赔偿)と述べたが、そこでの「権利」は、漢語「権利」の古典的意味と近代的意味、iusの客観的意味(原義)と主観的意味の関係を考えてみるのに恰好の例かもしれない。 (おわり)