正井 敬次

(1883〜1979)

第16代学長

明治16年(1883)9月16日兵庫県三木市に生れる。
明治44年、京都帝国大学政治学科を卒業。翌年安田銀行に入社、5年間東京に勤務した。その後、大正6年、 増田ビルブローカー銀行に転じ、大正8年、 神戸支店支配人となったが、大正9年には辞職し神戸岡崎銀行に勤めた。ここも大正11年に退職し、大正12年大丸洋行で貿易業に従事した。
 昭和3年、 本学講師を嘱託され、翌年には教授に就任した。彼を本学に紹介したのは、 当時大阪株式取引所理事であり、 本学専務理事でもあった増山忠次であった。
 戦後昭和21年5月、初の公選学長として選任されたのも束の間、占領軍による教職追放となり、昭和22年学長を辞任、 退職した。のち、昭和27年から昭和49年まで大阪商業大学に勤めた。
 また、昭和28年には本学の名誉教授となり、非常勤講師として出講。昭和36年、本学の経済・政治研究所顧問に推された。昭和54年(1979)4月13日没した。95歳