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 明治38年(1905)、十川(そかわ)兵三郎が関西法律学校へ入学するにあたり、十川兵之助が保証人を引き受けたことを示す証書。関西法律学校への入学志願者は「入学願」と「履歴書」、そしてこの「在学証書」を提出することになっていた。
 明治38年(1905)は、大阪控訴院長の加太邦憲が校長(明治31年9月〜明治38年11月)を務めていたときであり、加太校長時代には初めての自前の校舎である江戸堀校舎の竣工(明治36年11月30日)や専門学校令による認可(明治37年1月1日)、「私立関西大学」への校名変更認可(明治38年1月6日)など、学校が大きく発展した時期であった。
 ちなみに、この証書は日付が明治38年1月になっていることから、私立関西法律学校が私立関西大学へ改称する直前に提出されたものと考えられる。