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夏季特別講座2010

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ニュースレター

紀要

 

関西大学マイノリティ研究センター 平成22年度 夏季特別講座

「岐路に立つ欧州の多文化主義」
【講師】クレベール・ジミール教授(グルノーブル第3大学)

第1回講義
テーマ:欧州における多文化主義 ―諸制度および規範的論争
司 会:安武 真隆(関西大学政策創造学部教授)

第2回講義(主催:関西大学法学研究所)
テーマ:歴史的に構築された多文化性 ―ロマ(ロマニー)・マイノリティを事例として
司 会:角田 猛之(関西大学法学部教授)

第3回講義
テーマ:新たに構築された多文化性 ―ムスリム・マイノリティを事例として
司 会:大津留(北川)智恵子(関西大学法学部教授)

日本では比較的なじみの薄い欧州の多文化主義の潮流を紹介することを目的として、マイノリティ研究センターは、グルノーブル大学のジミール教授を招き、学部生・院生・研究者・市民を対象とした夏季特別講座を企画した。この特別講座において行われた三つの講演は、それぞれ独立したものだが、連続して聴講した場合には、より体系的な知識が得られるように配慮した。第一講演「欧州における多文化主義――諸制度および規範的論争」は、欧州におけるマイノリティ保護の基盤となっている思想や、保護のための諸制度・諸文書などを紹介したうえで、その抱える問題点を指摘し、欧州の多文化主義についての概説を行った。つづく第二講演「歴史的に構築された多文化性――ロマ(ロマニー)・マイノリティを事例として」・第三講演「新たに構築された多文化性――ムスリム・マイノリティを事例として」は、いずれもケース・スタディである。第二講演は、欧州における伝統的なマイノリティ問題を考えるための素材として、ロマニー・マイノリティを取り上げ、第三講演は、現代における人のグローバルな移動によって生じた、新しいマイノリティとして、欧州ムスリムの状況について検討を行った。各講演の主な内容は以下の通り。

*   *   *

(1)「欧州における多文化主義――諸制度および規範的論争」

【要旨】 
欧州における政治的・規範的な論争は、多くの場合、「多数者の問題」に関するものである。「最大多数の最大幸福」(ベンサム)を目的とする政治においては、多数者に利益をもたらすことが目指されるからである。とはいえ、欧州が多様な言語・宗教・民族からなっている以上、マイノリティ問題は、EUの形成と密接なかかわりを持たざるを得ない。欧州には、人間の価値を重視する哲学や、政治的自由主義の思想的伝統があり、それが文化の多元性を承認するという意味での多文化主義の基盤となっている。また、欧州は、さまざまな社会的対立や紛争を、欧州全体の視野から解決するために、条約その他の規範を定立してきた歴史的経験を持っており、それが、マイノリティ問題に対する規範的アプローチにも生かされている。

欧州における多文化性(マイノリティ文化の存在)は、ふたつのカテゴリーに分けることができる。ひとつは、「歴史的に構成された多文化性」であり、それはさらに、領域を基礎とするマイノリティと、領域を基礎としないマイノリティに分けられる。領域を基礎とするマイノリティとは、たとえば、フランスにおけるブルトン人やバスク人のように、国家領域の一部分に定住しているマイノリティのことである。領域を基礎としないマイノリティの代表例としては、移動生活をおくるロマニーが挙げられる。

もうひとつのカテゴリーは「新たに構成されたマイノリティ」である。ここには、欧州内部の移民、旧植民地からの移民、ゲスト・ワーカー(60年代から70年代、労働力不足を補うために徴募された外国人労働者)、近年のグローバリゼイションに伴う移民が含まれる。

マイノリティとは、通常、①マジョリティとは異なっている、②少数の、③支配的に地位に立たない、④集団アイデンティティを持った、人々のことを指す。EUの定義においては、領域的な基礎を持つという要素が加えられており、ロマニーのような領域的基礎をもたない集団はマイノリティとみなされない、ということは指摘しておくべきだろう。

超国家的組織としてのEUは、欧州安保協力機構OSCEや欧州審議会CoE、欧州共同体ECなどの機関を通じて、マイノリティ保護のための規範を定立してきた。とはいえ、それらの規範の多くは、①原則の宣言にすぎないこと、または、②法的拘束力を持たないこと、③(個人の権利としての)人権規範であって、マイノリティの集団的権利には考慮を払っていないこと、④履行監視が十分でないこと、などの問題がある。

そのほか、マイノリティ内部において、要求を確定し、主張していく手続きが明確化されていないという問題もある。また、国家や世論、右翼勢力などが、マイノリティの権利主張に抵抗するという状況も、その保護を難しくしている。

結論として言えば、①一般にマイノリティ問題は国家の優先課題ではないこと、②マイノリティ保護規定が、法的拘束力を持たないソフトローにとどまっていること、③集団的権利が十分に承認されていないこと、④規範の内容と、その現実的履行の間にギャップがあること、などが、克服すべき課題として挙げられる。

【質疑】
①人権としてのマイノリティの権利と集団の権利としてのマイノリティの権利の相違や、その概念区別の妥当性について、②世界の他の部分におけるマイノリティ問題に対する欧州マイノリティ問題の特殊性・固有性について、③EUによる保護が国家による保護よりも望ましいものであるか否かについて、それぞれ聴講者より問題が提起され、ジミール教授を交えて討論が行われた。

*   *   *

(2) 「歴史的に構築された多文化性――ロマ(ロマニー)・マイノリティを事例として」

【要旨】ロマニーは、中央ヨーロッパにおけるKalderash、スカンディナヴィアにおけるKale、ドイツにおけるSinti、フランスにおけるManoucheなど、さまざまな集団からなる人々である。ロマニーの人口は、全欧州で1200から1500万人程度であり、このうち1000万人がEUに住む。ここでロマニーに注目する理由は、①欧州において最大の、領域的基礎を持たないマイノリティであること、②歴史的なマイノリティ問題であること、③長い差別と迫害の歴史を持つこと、④さまざまな効果をもたらした法制度がこの問題について発達してきたこと、などである。

ロマニーの起源は古く、11世紀のガスニ朝(現在のアフガニスタン・パキスタンのあたり)において奴隷となり売却された人々が、欧州に移動してきたものと考えられている。14世紀にはギリシアやエジプトに到来し、15世紀にはすでにハンガリー・ドイツ・フランス・スペインに存在していた。今日では、欧州全域に広がっており、とりわけ、スペイン・フランスや、中央ヨーロッパ諸国に多い。

迫害の歴史も古く、14世紀ルーマニアでの奴隷化(1856年まで)、15世紀スイスにおけるロマ追放などに始まり、追放・強制的定住・植民地への強制移住・破門など、さまざまな差別的政策の対象となった。19世紀には、ロマン主義的な関心から美化されたイメージが流布されたものの、その後も差別は続き、ナチ政権下のドイツにおいては、ユダヤ人とともに組織的に強制収容所に移送され、多数が殺害された。戦後の共産主義政権においては、同化政策が推進され、平等な市民としての地位が保障される一方で、文化的なアイデンティティは抑圧された。

ロマニーは、現在もなお、貧困・劣悪な住居・低い教育水準・高い失業率など、困難な状況におかれている。主要な生業としては、物品の路上販売または訪問販売・季節的農業労働者・廃品回収・清掃・伝統工芸品の製作・舞踊その他の娯楽などが挙げられる。現在の状況を改善するために、ロマニーは、①移動生活の尊重、②言語の保護、③医療・保健サービスへのアクセス、④宿泊場所や飲み水など基本的インフラの整備、⑤差別や襲撃に対する身体的・法的保護などを求めている。

EUは、欧州安保協力機構や欧州審議会、欧州議会などを通じて、ロマニー問題にとりくんできた。EUの政策は、主に三つの方針からなる。すなわち、①住居や市民権の付与を通じて、ロマニーを特定の領域に帰属させること、②ロマニーの基本的人権の尊重、③言語及び移動生活文化の保護、である。

ロマニーの状況として中心的な問題としては、①諸国家が強制定住・同化政策を継続していること、②一般社会において広く「ジプシー」への嫌悪感・恐怖感が広がっていること、③ロマニーを「犯罪者」扱いする極右勢力の勢力拡大、④個人の権利を基礎とする保護枠組み(集団的権利が認知されていないこと)、⑤ロマニー内部の諸集団の間に対立があり、政治的な動員が成功していないことなどが挙げられるだろう。

【質疑】
ロマニーについての国籍や市民権の付与の現状は、どのようになっているのか、という参加者からの問いについて、ジミール教授が、特定国家の市民権を得ようとする立場とそれに反対する立場との論争を紹介した。また、現代世界においてロマニーが生活状況を改善しようとすれば、移動生活も含めた彼らの生活様式についての妥協・断念が求められるのもやむをえないのではないか、という問題が提起され、ジミール教授を含めた活発な議論が行われた。

主幹 西 平等(関西大学法学部准教授)

*   *   *


研究者・市民対象の講義様子

(3) 「新たに構築された多文化性―ムスリム・マイノリティを事例として」

【要旨】
ロマニーのようなヨーロッパ内のマイノリティに加えて近年注目を集めている、ヨーロッパ外から他者として移民してきた集団の権利をめぐる問題を、ここでは、ムスリムを具体例としながら議論した。

多文化主義とは、文化的な多様性を認め、マイノリティ集団を主流集団に対して従属的な存在として序列化するのではなく、対等に権利保障すべきであるという考え方である。人権の実体化が普遍的に目指されている今日、多文化主義の理念は欧州人権条約や人権に関する諸宣言、さらには欧州人権裁判所が備わっているヨーロッパはもとより、他の多くの地域でも建前としては否定しがたいものとなっている。しかし、現実の社会においてムスリムの文化的、宗教的権利は必ずしも保障されてはいない。理念と現実を隔てるものが何であり、私たちの考えるべき問題が何であるかをジミール教授は解き明かそうとした。

ヨーロッパにとってムスリムは他者としての存在ではあるものの、必ずしも疎遠な存在ではなかった。地中海から発展したヨーロッパ文明はイスラム教圏から多くの影響を受けているし、イベリア半島や中・南欧のように一時期はイスラム勢力の支配下に置かれた地域もある。しかし、今日のヨーロッパにおけるムスリムの問題は、そうしたヨーロッパ内に存在するイスラム教の影響ではなく、旧植民地からの移民やゲスト・ワーカーとしての移民、さらに家族呼び寄せや非合法移民として、ヨーロッパの外から新たに流入する人びとを対象に語られている。

こうした新しいムスリム人口のうちでも、特に二世以降はヨーロッパで市民権を持つようになっており、それまでの世代のようにイスラム教を個人的に信仰することに満足するのではなく、公的な空間でムスリムが文化的、宗教的に対等性を認められることを求めるようになっている。ムスリム人口が多くのヨーロッパ諸国で無視し得ない割合を占めるようになっていることや、そうしたムスリムが公的空間で宗教的権利を主張することが逆にキリスト教集団のアイデンティティを活性化させ、右翼運動を含めてムスリムへの否定的な反応を生んでいる現状も紹介された。フランスでは、従来どの宗教的集団にも特別な配慮をおこなわないという立場が取られていたが、カトリックが潜在的に持つ優位性が宗教的中立性を保障していないと指摘される中で、文化的な側面ではあるがムスリムへの一定の配慮を行う政策も取られ、ドイツ式のコーポラティズムに近い形へと変化してきている点が付け加えられた。

穏健なムスリムが大多数を占めているヨーロッパの現状を踏まえ、ジミール教授は対話を通した多文化主義の実現が可能であるとの示唆で講演を締めくくったが、「ヨーロッパのムスリム」が「ムスリム・ヨーロッパ人」となることは、ムスリム側にとっては文化的・宗教的な側面で妥協を求められることを意味するのかもしれない。

【質疑】
参加者からは、ムスリムの文化的・宗教的権利の保障が、受け入れ社会の文化的権利を崩壊させるのではないかとの懸念、人権保障の名のもとでムスリムが個人ではなく集団の権利を求めることへの疑義、経済的には不可欠なトルコが主として宗教的な理由からヨーロッパとして認められていない問題などが指摘され、ジミール教授と活発な議論を交えた。

 *   *   *

主流な文化が統一、純正、規範性を求めて公的空間を排他的に支配するのではなく、多様な文化が公的空間を共有すべきだとする多文化主義は、ヨーロッパだけではなくアメリカやオーストラリアでも、主流文化に属する人びとから本音のレベルでの抵抗に直面し、解決策が模索されている。他方、日本では多文化共生を唱えながらも、その「共生」のあり方は主流文化の視点からしか論じられてこなかった。日本文化は守られるべきものであるから、マイノリティを権利保障が必要な内なる構成員として認めるのではなく、日本社会への入り口を閉ざし、非日本的な存在を短期的な非構成員としてしか受け入れないという日本の「共生」のあり方は、どこまで持続可能なのであろうか。現実の日本社会がますます多文化化する中でネガティブな形で可視化されているマイノリティの問題を、どのような形で建設的な共生へと変容させることができるのか。私たち自身の人権に対する姿勢が問われる連続セミナーでもあった。
          
研究員 大津留(北川)智恵子(関西大学法学部教授)

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