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第15回マイノリティ・セミナー

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第15回マイノリティ・セミナー
「ヨーロッパにおける多元的法体制-英国の裁判所におけるイスラーム法」

                      
 2011年6月20日、関西大学児島惟謙館1階第1会議室において、ロンドン大学東洋アフリカ学院のヴェルナー・メンスキー教授を招いて第15回マイノリティ・セミナーが開催された。セミナーでは、角田猛之・法学部教授の司会により、メンスキー教授が“Islamic Law in British Courts: Plural worlds of law, the search for ‘the right law’ and skilful navigation”と題して次のような講演をおこなった。

 法は特定の時代における特定の状況への対応として創造されるものであり、一度に完成体がつくりだされるわけではない。法は長期間にわたる多様な要素の集積の結果として形作られるものであり、したがって法創造は常に断片的であり、法は本来的に多元的である。西洋から非西洋への国家間の法の移植(legal transplant)に加えて、欧米への移民増加にともなう西洋法システムへのエスニック・インプラント(ethnic implants)が、現代の法の多元性をさらに豊かなものにしている――ムスリムがいればムスリムの法がある。そのような論点はこれまでくりかえし議論されてきたにもかかわらず、主流の法学者はいまだに多元的法体制(legal pluralism)を、純粋な存在であるべき法システムが「汚染されてしまった世界」だとみなしている。メンスキーは、このように法を一元的な存在として把握しようとする法の支配的言説を批判し、現代の法の世界を特徴づける「高度の多様性(super-diversity)」を積極的に把握するための理論モデルが求められていると述べた。

 メンスキーは、複数の要素のあいだの競合関係と、それらのあいだで保たれるべき高度なバランス感覚とを、凧揚げに喩えて理解する多元的法体制のモデルを提示した。すなわち、法に本来備わる多元性を(1)自然法、(2)伝統的社会規範、(3)法実証主義、(4)グローバルに妥当する諸原理、以上4つの極においてとらえ、「正しい法(the right law)」を実現するためにはすべての要素が同時に満たされている必要がある。四隅に固定された糸を均等な力でひっぱることによって空舞う凧は安定する。凧揚げに喩えたこのモデルでは、それぞれの極はそれじたいが各々に多元的である。伝統的社会規範はいうまでもないが、自然法にしても実定法にしても一元的な存在ではない。このように多元性を内包する4つの極からなる「多元性の多元性」(plurality of pluralities)を想定し、メンスキーは頭文字をとってこれをpop structureとよんだ。法の多元性をとらえようとするメンスキーの理論モデルは、2006年に出版されたComparative Law in a Global Context: Legal systems in Asia and Africa (Second edition, Cambridge University Press)においては(1)自然法、(2)伝統的社会規範、(3)法実証主義の3極からなる三角形モデルだったが、本講演ではあらたにグローバルに妥当する諸原理としての国際法や人権法を加えて四角形の改良モデルが提示されたことが注目される。

 以上の理論モデルは抽象度が高いが、多元的法体制における法のあるべき姿として、競合する複数の要素のあいだの均衡を維持する高度のバランス感覚が重要だという点が一貫して議論されている点ではきわめて明快である。本講演は、つづいて英国の裁判所における具体的事例の分析へと進み、現代の多元的法体制における実践的課題を考察した。紹介された事例のうちのひとつは、自閉症をかかえる25歳(知的能力は3歳児程度)のバングラデシュ人男性の結婚の法的効力について争われた2008年の裁判である。ロンドンで生まれ、幼い頃から行政(Westminster City Council)の社会福祉担当の支援を受けて育ったこの男性は、父親の介助によってバングラデシュにいる従姉妹と婚約した(携帯電話で互いの意思を確認した)。これに対して、行政は、この男性は結婚の能力をもたず、ゆえに両親によって強制された結婚は法的に無効であり、男性に対する人権侵害であるとさえ主張した。他方、両親は、イスラーム法では息子の結婚に対して責任を有するのは父親であり、バングラデシュ在住の従姉妹もまた結婚に対する意思が強いと述べ、息子の結婚が法的に有効だと主張した。メンスキーは、イスラーム法の専門家証人として関与し、イスラーム法の観点からはこの結婚が認められると述べた。結果的に、この結婚はイスラーム法ならびにバングラデシュ民法においては認められるが、英国においては法的に認められないという判決に至った。今日の英国では、このような移民=エスニック・マイノリティによる文化的背景を理由とする抗弁(cultural defense)をともなう裁判がめずらしくない。メンスキーは、このような裁判においては、上述の4極のあいだのバランスのうえに判決が導かれることが肝要であり、そのうえで専門家の役割がきわめて重要だと述べた。

 以上のメンスキー教授の講演につづいて、京都文教大学文化人類学科の森正美教授、首都大学東京社会人類学分野の石田慎一郎准教授、関西大学マイノリティ研究センター長の孝忠延夫教授によるコメントならびに総合ディスカッションがおこなわれた。

石田 慎一郎(首都大学東京都市教養学部准教授)

 


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