「市民権とマイノリティ」研究班
「『信訪』の現状と展望」
2012年1月13日、一橋大学大学院法学研究科の常勤講師・伹見亮氏を報告者とする「市民権とマイノリティ」研究班研究会が関西大学総合研究室棟2階会議室にて開催された。テーマの中心となった「信訪」とは、伹見氏の報告に拠れば、陳情=petitionと訳されることが多く、中国における陳情的行為(国家機関等への陳情、請願、告発、苦情および意見など)の略称であるが、そのような行為そのものを指すと同時に、国家機関などの対応や処理を指すこともあり、また更に、このような陳情的行為やそれへの対応に関する制度および事象を広く包含する概念としても用いられているという。
本報告は、このような「中国の特色ある制度(現象)」について、関係する国家レベルの法規のみならず、地方で定められた法規および執政党である共産党中央によって定められた「党規」も参照して明らかにし、「信訪」が抱える問題の構造的原因を指摘したうえで、今後の改革の展望が示すものであった。
本報告で特に印象に残ったのは、首都・北京の国家機関等へ直接「信訪」を行おうとする「信訪者」の情熱的行動と、これらの「信訪者」を地方へ連れ戻そうとする地方政府(およびその委託を受けた警備会社)の過激な「信訪工作」である。伹見氏の報告によれば、「信訪」の申立ては担当行政機関とその一級上の上級機関のみに限定されるなど末端での解決が原則とされており、この解決の成否は数値化されて地方の「党委および政府の指導幹部」の評価指標となる。従って、この原則に反して北京の国家機関等へ直接「超級上訪」をする者がいれば、地方政府は実力を行使してでも連れ戻そうとし、暴力事件の報道も少なくないという。
本報告で伹見氏は、このようなリスクを冒してまで北京に「超級上訪」する「信訪者」の情熱的行為や、これを阻止しようとする地方政府の過激な行為の背景には、一元的な絶対者(=党中央)への信仰または畏怖があり、その究極の原因は一党独裁体制に行きつくと指摘する。他方、「信訪」による解決事例からは、人民の政治参加や末端政府への親近感を促す効果も指摘された。
コメンテータの櫻井次郎氏(当センター特別任用研究員)からは、「信訪」という制度そのものの有用性について、社会的ネットワーク形成への寄与という視点からコメントがなされ、その後フロアーの参加者も交え活発な質疑応答がなされた。なお伹見氏の報告論文は、2012年3月発行予定の『マイノリティ研究7号』を参照されたい。
西澤 希久男(関西大学政策創造学部准教授)