KANSAI UNIVERSITY

関大研究STORIES SCIENCE TECHNOLOGY LABORATORY STORY

「詠み人しらず」の
景観価値を未来へつなぐ

環境都市工学部 都市システム工学科 環境マネジメント研究室
林 倫子 准教授

研究テーマ

人の暮らし、都市、社会を彩る水辺の在り方を、
景観形成の歴史から解き明かす

設計者の名が残る建築とは異なり、「詠み人しらず」と言われる土木構造物の生み出す風景。橋や河川敷といった人の暮らしや文化に密接に関わる水辺整備もまた、その経緯が知られることはあまりありません。行政や技術者がどれほど議論を重ね、一つひとつ遂行してきたのか。治水や景観形成の歴史を掘り起こし、価値を市民や社会に伝えることが、市民と行政、技術者がともに創るこれからの土木への第一歩だと、林准教授は考えます。

鴨川は、都市と水辺をつなぐ河川工事のロールモデル

都市システム工学科は、公共空間をいかに創るかという土木技術や制度、計画手法などを全般的に扱います。なかでも林准教授が携わる景観分野は、作られた風景と人々がどう関わり、愛着を持つのかを調査し、今後に生かす研究を行っています。中学生の時、地元に明石海峡大橋が架かる様を見続け、高校3年で当時の長野県知事の脱ダム宣言を聞いた林准教授は、「自然と社会、人間にトータルに関わる」意義を感じ、土木工学を専攻。大学生活を過ごした京都で、生活の一部として市民に親しまれている鴨川に魅了され、以来10年以上にわたり水辺の景観と向き合ってきました。1980年代ごろまでの水辺工事といえば、人々の安全や財産を守る治水第一の時代。納涼床という特有の文化をもつ鴨川は、明治時代から風致(現代でいうところの景観)に関心を払い整備されてきた非常に珍しい河川だと林准教授は言います。「景観は資源だと認識し、他ではやらないような丁寧な事業を、京都府はお金をかけて行ってきました。市民にも愛され、下手なものはつくれないというプライドもある。鴨川はだれにとっても特別なのです」。治水一辺倒の反省から、景観に配慮した工事が他の河川でも始まってようやく30年。道標となる前例がほとんどないなか、長い時間をかけて景観の在り方が議論され、今なお人が水に親しめる飛び石や魚の遡上道といった新しい価値観に基づくアップデートがなされる鴨川は、「水辺づくりのロールモデル」として希望を与えてくれます。

景観の歴史を残すことも、土木の仕事

古い文献にあたり、地域の高齢者やかつての行政担当者に聞き取り調査を行う。自らを「土木の歴史学者」と言う林准教授の研究手法は、およそ理系とはかけ離れたものに映ります。しかし過去をたずね、河川がどのような技術や思想で作られたのかを広く伝えることも、土木に携わる者の使命であると林准教授は感じています。土木構造物の生み出す風景は、建築のようにデザイナーの名や設計思想が世に出ることのない、「詠み人しらず」の風景だと言われます。それでも古い文書を解読していると、当時の最先端技術を海外から持ち込んだ技術者の気概や、景観を守り抜く英断を下した行政責任者の矜持に触れ、胸が熱くなることもしばしば。「ただ目の前の鴨川の良さだけでなく、どうやってその良さを生み出したのかを知ると、より好きになってもらえ、行政と市民のコミュニケーションもより良いものになるのではないかと思っています」。後世に残すべき大切なヒントが歴史の闇に埋もれる前に、林准教授は地道に価値を掘り起こし、語り継ぐ活動を続けています。鴨川の景観史を紹介するウォークイベントや講演会もそのひとつ。数年で担当者が移動してしまう行政にも工事の歴史を伝えてきました。令和元年には土木学会が選ぶ歴史的土木構造物「選奨土木遺産」に鴨川が認定されましたが、その選考において林准教授のこれまでの研究成果が参照されています。
現在は滋賀県と連携し、かつて水害が起こった地域の記憶と知恵を残す調査活動も実施しています。「河川の氾濫の危険性が高い地域で、若いお母さんに過去の水害について話した時のエピソードが忘れられない」と林准教授。これまでも自宅周辺の道路が冠水し、避難経験があるにもかかわらず、自身が生まれる前に自宅裏の神社が流されたという事実を聞いて初めて「ここは本当に危ないんですね」とお母さんは言ったそうです。身近な地域の歴史を知ることで過去と今がつながり、水害のストーリーの中に自分がいることを実感する。歴史の事実が心を動かし、行動変容に結びつくのだと強く感じ、歴史調査の重要性を再確認した瞬間でした。

愛着の持てる風景へ。過去と未来の橋渡しを

高度経済成長期、土木は経済の発展のためにとにかく大量にインフラを造るという社会的要請に応えてきました。景気が停滞する今、林准教授は、真に必要なものを選択し、安全性やコスト面だけでなく、景観や暮らしとの関わりを考えながら本当に良いものをじっくり造るチャンスだと受け止めています。そのためには市民納税者の理解が不可欠です。これからは市民と行政、技術者がみんなで都市や環境をつくる時代。その過程を良い点も悪い点も歴史に残し次につなぐ、新しい土木のプラットフォーム構築が必要だと考えています。
土木とは社会や暮らし、自然、技術などさまざまな要素を持つ学際的な分野です。林准教授は、総合大学で研究する強みを生かし、河川工学の先生と洪水対策として有効な生垣の高さのシミュレーション実験を行ったり、文学部の風景表象を研究する先生と日本の近代河川の風景について議論したり、工学的知識を支点に研究を広げています。学際的なコラボと歴史の研究で得た知見をもとに、技術と文化、市民と行政、過去と現在そして未来をつなぐ「橋渡しの役割を果たしたい」と林准教授。かつて学生時代に心奪われた、人々が毎朝ランニングをし、川べりで恋を語る鴨川の風景を、より愛着の持てる親密な水辺として、見る人に手渡す一端を担っています。

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