第65回公開講座
- 日 時:
- 2011年5月27日(金) 13:00〜14:30
- テーマ:
- 今、部落問題とは何だったのか
- 講 師:
- 吉田徳夫(法学部教授)
- 会 場:
- 関西大学 千里山キャンパス 尚文館 1階 マルチメディアAV大教室
- 詳 細:
- 詳細(PDF)
2002年に同和事業にかかる特別措置法が期限切れになり、部落関係の事業も一般施策に移行したと言われ、様々な事業が展開してきた同和事業も縮小廃止が行われた。その見返りとして実施に移されるはずであった人権施策では、人権擁護法案や国家人権委員会などが成立するはずであったが、その法案は廃案となり、人権委員会に関してはまだ成立していない。今に至るも政府課題である人権施策に見るべき成果があがっているとは思えない。
特別措置法の期限切れ前に、日本政府が国連の人権委員会((当時、今は理事会)に報告したところでは、部落問題に関しては「やるべき事はすべてやった」という自己評価であった。それにしては、人権施策の進捗に見るべきものがなく、部落問題から人権問題へと移行する政府的課題の姿が見えない。この間、わずかアイヌ新法が制定されたことの他に目新しい成果はない。
ここで問題としたいのは、人権の時代にあって、政府が部落問題を取り上げることに消極的になっている、ということである。様々な人権問題が噴出して、部落問題どころではなくなった、ということであろうか。行政上は部落問題を名称にとり入れる部局がなくなり、人権云々の部局に変わった。そうした中で、ある自治体をみると、その人権問題を扱う部局が格下げされて、課に止まっている例も出てきている。明らかに人権行政の後退を示すようなところも生まれてきた。昨今の部落を取り巻く状態は以前と何ら変わっていないように思える。問題は解決したように見えない。
たしかに同和事業が行われている間は、事業以外の人権問題についてもめざましい変化があり、ようやく日本社会に差別はイケナイという消極的だが人権意識が定着した、と思う。しかし、ポジティブに人権問題を人類普遍的な問題としてとりあげる意識が成長してきているとは思えない。むしろ反対に偏狭なナショナリズムに傾斜する意見が増えたように思える。
他方で、人権教育推進法がすでに制定されており、厚労省管轄の学校では、改めて人権教育が必須になった。人権問題は教育面における課題として位置づけられている。先に指摘した人権委員会など施策ではなく、人権教育のみに限られた観がある。こうしたことは、明らかに人権施策の後退を示すもののように思われる。
こと部落問題に関して、放送関係者の用語の中から部落という言葉が消えたのではないか、という見方がある。部落を集落に言い換えている、と言うわけである。部落という用語では、部落問題を連想させるからであろうか。部落と言う用語が神秘化される傾向にある、と言えよう。部落問題とは、果たして歴史的に見て、いかなる問題であったのか再興したい。
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第66回公開講座
- 日 時:
- 2011年6月24日(金) 13:00〜14:30
- テーマ:
- 韓国の多文化家庭と子女の教育問題
- 講 師:
- 高明均(外国語学部教授)
- 会 場:
- 関西大学 千里山キャンパス 尚文館 1階 マルチメディアAV大教室
- 詳 細:
- 詳細(PDF)
多文化とは、一つの国のなかでの多様な言語、多様な民族、多様な文化などに関して、互いのアイデンティティを認め合い、互いに和合しながらコミュニティを形成して暮らしていく社会的秩序を指す。最近、韓国法務部が発表したところでは、韓国国内の外国人居住者100万名を超えており(外国人勤労者70万名、結婚移住民10万名、「セットミン」[「脱北者」の言い換え語で、「新たな地で人生の希望を抱いて暮らす人」という意味]と華僑5万名、米軍兵士及び軍属、観光客15万名)、2050年には全人口の5%を上回るものと予想されている。外国人居住者の大多数を占める外国人勤労者は、主に3K(危険、汚い、きつい)の業種に従事しながら、皮膚の色による社会的差別、不法滞在による不安感、低賃金などにさいなまれている。
韓国における多文化家庭に子女は、韓国人と国際結婚をして生まれた子女、韓国に移住してきた外国人勤労者の子女、「セットミン」家庭の子女の3つに大きく分類することができる。1997年の国籍法改正以後、韓国人と移民者の夫婦間に生まれた多文化家庭の子女は、出生と同時に韓国国籍を取得できるようになったが、これは多文化家庭を増加させる一つの契機となった。2007年の統計庁の資料によれば、多文化家庭の父親の国籍は、その大多数が韓国(87%)である。母親の国籍についてみれば、中国が全体の49%を占め、これに続いてベトナム、日本、フィリピン、モンゴルの順となっている。
1990年代に農村地域から始まった国際結婚ブームは、2000年代に至って、これらの多文化家庭の子女が小学校に入学し始めた頃から、意思疎通の困難、学習不適応、周りの生徒からのいじめ、上級学校への低い進学率などが、全般的な社会問題として浮上してきた。講演では、これらの多文化家庭子女の教育問題を中心に考察し、韓国政府、民間団体、韓国語教育担当者たちがこうした問題を如何に把握し、解決していこうとしているかについて、詳しく見て行こうと思う。
この講演を通して、多文化家庭の問題点を十分に認識しつつ、その解決プランは如何に見出され得るかについて考え、更にすすんで、彼らとともに美しいコミュニティを創出しうるプランを模索してみたいと思う。
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第67回公開講座
- 日 時:
- 2011年10月28日(金) 13:00〜14:30
- テーマ:
- 障害者差別と福祉支援 ―忘れられた女性障害者―
- 講 師:
- 加納恵子(社会学部教授)
- 会 場:
- 関西大学 千里山キャンパス 尚文館 1階 マルチメディアAV大教室
- 詳 細:
- 詳細(PDF)
日本のフェミニズムを牽引してきた上野千鶴子は、東大での最終講義に「生き延びるための思想」を語った。「私って何?」と、社会学専攻の大学院生時代に問い始めて40年、まさに、不惑の「フェミニズム」という社会思想を構築した。
ならばと、私も彼女に倣って、女性障害者のかけがえのない経験を言語化し、理論化してみようと思い立った。理論とは、経験を説明するための道具/装置であって、恭しく崇めたてるというよりは、どんどん上書き、更新していく類のものであろう。
この意味で、今、福祉実践理論に最も欠落している知恵は、援助する側の理論ではなく援助される側の主体的な理論である。ちなみに、女性解放運動家でもある上野と障害者解放運動家の中西庄司は、社会的弱者論や専門職論を議論する中で『当事者主権』(岩波新書2003)という概念を紡ぎだした。当事者学のパイオニア2人の必然的な邂逅である。曰く、自分たちの営みとは、それぞれに、社会の支配的マジョリティから定義づけられ客体化されてきた、いわゆる「社会的弱者」の「自己定義権」を奪還する運動ではなかったかと…。かくして、その運動は「弱いままで主権者になれる社会システム」を目指すことになる。上野流に言えば、「強者になるための思想」にからめとられることなく、「弱いままに生き延びる思想」であろうか。
さて、福祉援助関係論に話を戻すと、こうした圧倒的な力関係を不問にしたままで、豊かなケア実践の構築や社会変革への経路ができるとは到底思えない。ケアをめぐる美しい物語の陰には、ケアをめぐるおぞましい物語が隠れているものだ。「援助関係」の非対称性は、社会構造を象徴的に映し出す鏡でもある。専門職の倫理綱領を頼りに、せいぜい信頼に基づく援助契約上の協同戦線で、財源・資源不足と果敢に闘うRPG(ロールプレイゲーム)のシナリオを共有するのが関の山である。状況が変われば、福祉の名の下に支援は支配に、見守りは見張りに変質しかねない。
少々言葉が過ぎたが、福祉研究者として、こうした自己矛盾/否定に近い問題意識とも格闘しながら、今回は「女性障害者問題」について以下の構成で読み解きたいと考えている。
- 女性障害者問題を論じる今日的意味: 近代規範の能力主義とセクシズム/ダブルハンディとダブルバインド/複合差別と多問題
- 女性身体規範をめぐって: 「正常な身体」と整形ノーマライゼーション
- 排除型社会の過剰包摂/寄り添い型支援のジレンマ
- 支援シナリオのリライト/セルフヘルプとピアグループ
*加納恵子「女性障害者問題を読み解く-「女性身体規範」をめぐってー」林千代編著『女性福祉とは何か』ミネルヴァ書房2004他
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第68回公開講座
- 日 時:
- 2011年11月25日(金) 13:00〜14:30
- テーマ:
- 能力主義の台頭と男女共同参画社会
- 講 師:
- 多賀 太(文学部教授)
- 会 場:
- 関西大学 千里山キャンパス 尚文館 1階 マルチメディアAV大教室
- 詳 細:
- 詳細(PDF)
近年、日本社会では、能力主義の台頭が著しい。職場では、長期安定雇用制度と年功序列賃金制度がゆらぎ、個人の能力や業績に応じた職務や報酬の配分が重視されている。世間では、「人間力」や「生きる力」から「コミュニケーション能力」や「断る力」に至る、能力に関わる様々なキャッチフレーズが飛び交い、ある種の能力を身につけるかどうかが個人の成功の度合いを大きく左右するといった趣旨の言説があふれている。
男女共同参画の視点に立てば、こうした能力主義の台頭は、憂うべきどころか望ましい変化のように映るかもしれない。日本では、明治期に近代化を迎えて以来、能力主義がタテマエとされながらも、様々な形で属性主義が温存され、「生まれ」によって人生のチャンスが大きく左右されてきた。特に女性は、「女である」というだけで、男性に比べて安定した雇用や収入を得るチャンスから遠ざけられてきた。能力主義が徹底化されれば、能力のない男性が既得権益の上にあぐらをかくことはなくなり、能力のある女性が社会で活躍する機会が増える。「男女が…性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現」(「男女共同参画社会基本法」前文)を目指すうえで、能力主義の徹底化は欠かせないようにも思える。
では、男女共同参画を進めるうえで、果たして能力主義をめぐる近年の動向を手放しで賞賛してよいのであろうか。確かに、能力主義の台頭と歩調を合わせるかのように、以前に比べてより多くの男性たちが不安定な職業生活を強いられ、少なくとも一部の女性には「男並み」のチャンスが開かれるようになった。こうした側面は、男女共同参画の進展をわれわれに印象づける。しかし全体的に見れば、依然として、管理職比率や賃金水準における男性優位は明白であり、「政」「官」「財」各界における上層部の圧倒的多数は男性によって占められている。しかも、能力主義の徹底化という装いのもとで、こうした結果の不平等は、「能力」という個人的要因によって説明され、自己責任として正当化されてしまう。
いささかうがった見方をするならば、現代の日本社会は、能力主義の徹底と男女共同参画の進展を人々に印象づけながらも、属性主義に基づく男性支配体制をより巧妙に維持しながらその正当化に成功しつつあるとさえいえるかもしれない。本講座では、近年の能力主義がもつ「光」と「影」の両面に目配りをしながら、男女共同参画を進めるうえで能力主義をめぐる近年の動向にどう向き合っていけばよいのかを考えてみたい。
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関西大学川西市民人権講座
主催:関西大学人権問題研究室・川西市
- 日 時:
- 2011年11月2日(水) 14:00〜16:00
- テーマ:
- 発達の遅れが気になる子どものそだちを支える理解 ―地域社会による理解と支援―
- 講 師:
- 加戸陽子(関西大学人権問題研究室研究員・文学部准教授)
- 会 場:
- 川西市総合センター 3階体育室
- 詳 細:
- 詳細(PDF)
発達障害をともなう子どもさんと保護者にとって学校のみならず地域の方々のサポートは欠かせません。「発達障害がどういう困難を生じるものなのかわかりづらい」、「発達障害をともなう子どもの保護者や学校がどのような視点・方針で関わっているのか理解したい」、「サポートしたいと思うけれども、どういう方法が適切なのか知りたい」、など、発達障害をともなう人への適切な理解や支援を行いたいと考えておられる地域の皆さんのお役に立てれば幸いです。
なお、今回の講座では広汎性発達障害、注意欠陥/多動性障害および学習障害に関する入門的な事柄を中心にお話ししたいと思います。
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