KANSAI UNIVERSITY

INTERVIEW | 私は、こんな人。 /12

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大学在学中に、
たこ焼き店を道頓堀にオープン。

「うちの会社は“空振り三振OK”で、失敗を恐れずに挑戦することを大切にしています。“ワクワク”しながら仕事をしていると、人が集まってくれて、ビックリするような夢がかなうものなんです」
 永尾社長から次々とあふれてくる印象的な言葉。常に笑顔を絶やさずに語るその姿から、社長自身が楽しみながら仕事をしていることが伝わってくる。
 永尾社長が大阪に、たこ家道頓堀くくる本店の前身である「タコヤキハウス KU/KU/RU道頓堀店」を開いたのは、1985年、関西大学4年次生だった12月。当時、道頓堀にはたこ焼きの専門店はなく、屋台が2軒あるだけだった。白ハト食品工業は、昭和22年祖父がアイスクリームメーカーとして創業。冬の閑散期は工場の従業員の給料をまかなうために、スイートポテトなどを製造・販売していた。目指していたマスコミ業界への就職活動に失敗した際に、父親から会社について聞かれ、「味は美味しいがやり方が悪い。若い人にカッコいいと思ってもらえるブランドをつくるべきだ」と意見して大喧嘩になった。「それなら、お前がやってみろ」と父親に言われたことが、いまの白ハト食品工業のビジネスモデルをスタートするきっかけになったのだという。
「KU/KU/RU道頓堀店」のオープン当時は、関大一中・一高時代からの多くの友人に助けられたが、売り上げは苦戦し、思い悩む日々が続いた。しかし“世界にたこ焼きを広める“という夢を掲げて奮起。マスコミから注目を集めるような仕掛けを次々と展開し、斬新なメニューを開発。当時全盛期だったディスコでの実演試食などを行ううちに噂が広まり、大繁盛となった。
「助けてくれた友人には今でも感謝しています。また社会に出てからも様々な先輩方に応援していただき、関西大学の化学生命工学部や商学部との共同研究も進めています。そういった“学縁”のDNAが関大人にはあるのだと感じますね」

『いも・たこ・なんきん』を
エキサイティングに、農業をカッコよく。

「KU/KU/RU道頓堀店」開店から3年後、「おいもさんのお店 らぽっぽ」を創業。当時おしゃれなイメージとは程遠かった「いも」をかわいい洋風スイーツに変身させて大評判となる。今では「くくる」と合わせて全国に120店舗を構えている。
 永尾社長が進めているのは『いも・たこ・なんきん』のグローバル化と、さつまいもの農業生産を組み入れた第6次産業化。
 ニューヨークや上海など世界の主要都市でイベントを展開する。創業時に掲げた“世界にたこ焼きを広める”という夢が現実となった。
「たこ焼きは、世界のどこへ行っても大行列。手先の器用な日本のたこ焼き職人が、両手でリズミカルに丸く仕上げていく姿が“エキサイティング”で“クール”なんです」
 また約15年も前から、生産・加工・販売までを一貫して行う第6次産業化を進めるため、農業生産法人しろはとファームを設立。
 国産さつまいも原料自給率100%化も進めている。
「スーパーのお惣菜やコンビニの冷凍大学いもなど、大学芋の国内販売シェア80% “食べるさつまいもNo.1”の食品メーカーとして、お客様に安心で安全なさつまいも製品を安定してお届けする責任があります」さらに、社員教育にも独自の哲学が貫かれている。
「私たちのモノ作りの想いをお客様に伝えられる“人づくり”が大切。お客様と一緒にさつまいもを収穫するなど、“感じる”教育を進めています。苦しいときに頑張ってくれたスタッフへの恩に報いるためにも、この仕事をやって良かったと感じてもらえる“ワクワク働く人財”育成こそが会社の永続に不可欠だと考えます」
 そして『いも・たこ・なんきん』はカッコいいというコンセプトのもと、永尾社長は夢を追い続ける。
「2015年秋、茨城県に少子化で廃校になった小学校の跡地や耕作放棄地を再利用した農業体験型テーマパーク“なめがたファーマーズビレッジ”をオープンします。農業体験や工場見学ができ、日本で唯一の焼き芋ミュージアムも開館。子どもたちに農業を通して食の大切さを楽しく学んでもらえるようにトラクターに乗れるサーキットも計画中です。さつまいもの生産を通して、農業を、そして地方をどんどん元気にする。その魅力を伝えて若い世代に継承していきたいです」

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