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教員が語る専門領域の魅力 vol.8

小嶋 美由紀 准教授

中国語を学ぶことによって日本語を知る。

小嶋 美由紀 准教授

Profile

専門は中国語学(現代中国語文法研究、日中対照研究)。特に人称代名詞の語用論的研究や構文文法の手法を用いた文法分析、意味拡張を研究テーマとしている。(1995年 留学時代登った泰山の上から)

中国との出会い

 私は中学時代に地元である長野市の訪中団の一員として、中国北京市と石家庄市を訪問する機会を得ました。たった1週間程の滞在でしたが、大陸に降り立った瞬間日本とはまるで違う空気のにおい(大陸の乾いた砂のにおい)や色(人民服や建物の色である紺やグレー、モスグリーンが大半!)、人の表情(固く強張った役人の顔)に、眩暈がするほど強烈なカルチャーショックを受けたのを今でも鮮明に覚えています。でも、その滞在の中で、つたないこちらの英語(中学生の時はもちろん中国語が話せませんので)を懸命に聞き取ろうとしてくれる高校生や大学生、ピンクの旗を振りながらありったけの笑顔で踊って歓迎してくれる子供たち、蓋付きの陶器のコップから香るジャスミン茶の香り、そしてほっかほかの温かい中華料理!を前にしたとき、まさに私は「中国と出会った」と感じました。その後、大学では英語の重要性から英文学科で英語教育を専攻しましたが、あの1988年に出会った中国が忘れられず、英文学科でありながら中国北京に語学留学し、大学院ではより専門的に中国語を学ぶため、中国語学を専攻するに到りました。大学時代と大学院時代、合わせて2度の中国留学を経験し、行く度に目まぐるしい変化を目の当たりにしますが、私が中国を語るときの礎になっているのは、やはりあの1988年の中国のような気がします。


中国の獅子舞と、それを楽しむ人々

中国語から見える中国人の価値観


北京師範大学にて
留学時代大活躍の自転車と

 言葉を話すのは「人」ですから、言語にはそれを話す人々の価値観や文化的背景が反映されることが多々あります(もちろん、それが全てではありませんが)。私はこれまで特に中国語の人称代名詞の振る舞い方に興味をもって研究してきましたが、人称代名詞にも文化的背景が反映されているものがあります。例えば、中国語には既に“我们”という1人称複数形があるにも関わらず、もう一つ“咱们”があります。なぜ、1人称複数を表す形式が二つも必要なのでしょうか。“我们”は、「あなた」を含まない「私たち」(排除型)と、「あなた」を含む「私たち」(包括型)の両方を指示することができますが、“咱们”は「あなた」を含む「私たち」(包括型)を表すことしかできません。つまり、「あなた」を含んでも含まなくても使える“我们”と比較して、“咱们”はより積極的に「わたしとあなた」の仲間意識を相手に伝えることができるツールなのです。一方、日本語にはそのような区別はなく、「私たち」という1語だけです。また、日本語には3つの指示詞(こ、そ、あ)がありますが、中国語には2つの指示詞(“这”、“那”)しかありません。話し手と聞き手が近くにいても、相手のものであれば「そ」で表わし(例:その服)、自分のもの(例:この服)と区別して表す日本語とは対照的に、中国語は相手が自分の近くにいれば、同じ近称指示詞“这”を使って表します。これも、相手と自分との領域を分けない中国人の価値観の一つと言えるかも知れません。人称代名詞や指示代名詞のこうした振る舞い方一つとっても、日本の文化は相手の領域を尊重し、その領域に踏み込まないように相手と距離を置くことが、コミュニケーション上重要視されるが、中国の文化では、相手を自分の領域に取り込む、あるいは相手の領域に入りこむことによって、相手との仲間意識を伝えることが重要視されるといえます。中国で生活をしていると気がつくかも知れませんが、中国人は仲が良くなると、一緒に腕を組んで歩いたり(さすがに女性に限られますが)、相手の所有物でも許可を得ることなく自由に使います。「親しさ」を積極的に表現することを好しとする中国人ならではですね。言語形式の違いに文化的な相違が反映されることもあることを知ると、言語習得がより促進されるだけではなく、その国の文化の理解にも繋がり、深い意味でのコミュニケーションを学ぶことにもなります。どのような表現が「日本語的発想」で、どのような表現が「中国語的発想」なのかは両言語を対照研究することによって発見できることが多いのです。私が担当している「中国語購読」の授業では、単に書かれてある文章の意味を解釈するだけではなく、中国語の構造にも目を向け、日本語との違いを意識的に考察し、その背後に存在する発想の違いを知る授業になるよう心がけています。

学生のみなさんへのメッセージ

 中国語をじっくり観察すると、日本語や英語といった他言語との相違点だけではなく、共通点があることにも気がつくと思います。そこには普遍的なコミュニケーションの原理や人間の認知能力を明らかにする鍵が隠されているかも知れません。より深く中国語を学ぼうとすれば、きっと日本語も知ることになるでしょう。そんなことばの探求をみなさんと一緒にできるのが楽しみです。