写真2
馬に乗っているのは作者チョーサー(San Marino, Caliornia, Huntington Library, MS EL 26 C 9)
写真3
14世紀にアイルランドのウォーターフォードで筆写されたLondon, British Library, MS Harley 913
写真4
1896年に出版された芸術品とも言えるケルムスコット版『チョーサー全集』の中の『トロイラスとクリセイデ』の物語の挿絵
皆さん、こんにちは。外国語学部では基礎演習と英語オーラルコミュニケーション、大学院では地域言語文化論(英国)の授業を担当していますが、専門分野は中世イギリスの写本研究です。
このコラムをお読みになる学生さんの中には、受験生の頃、英単語の数の多さに苦しんだ方も少なくないのでありませんか。その原因として、英語には他のヨーロッパの言語に比べて同義語がはるかに多いことがあげられます。しかし、これは英語の強みでもあります。語のニュアンスを巧みに使い分けることで、より豊かな表現が可能になるからです。
また、英語のスペリングも悩みの種ですね。”superman”という言葉の生みの親である劇作家で批評家のジョージ・バーナード・ショー(1856-1950)が、“fish”は“ghoti”ともつづれる、と言ったことはよく知られています。つまり、 “enough”の “gh”、 “women”の “o”、そして “nation”の “ti”をつなぎ合わせると、“ghoti”になるという訳です。イギリス人もスペリングには悩まされ、合理的に規則化できないかと、長い間、様々な試みがなされてきました。ちなみに、英語の綴り字改革運動に深くかかわった多くの人々の中には、上述のショーの他、『ガリヴァ―旅行記』で有名なジョナサン・スウィフト(1667-1745)や『ロビンソン漂流記』を書いたダニエル・デフォー(1660-1731)もいました。
しかし、英語には学習しやすい面もあります。英語以外のヨーロッパの言語を学んでいる皆さんは、動詞や名詞、形容詞等の語尾変化に泣かされているのではないでしょうか。英語の動詞や名詞にも不規則変化はありますが、ほんのわずかです。
どうして、英語はこのような特徴をもっているのでしょうか。すべての疑問は、英語の歴史を学べば明らかになります。今日の英語は、ドロドロした歴史的事件に次々と巻き込まれ、数奇な運命をたどった結果、生まれたものです。
私は学生時代から英語史、その中でも中世の英語・英文学に興味を持っていました。その頃は編纂されて活字になっているテキストを読んでいましたが、ブリティッシュ・カウンシル・フェロウとしてケンブリッジ大学大学院で学ぶ機会を得てから、中世の写本を読み、研究するようになりました(写真1)。テキストは羊皮紙や紙に羽ペンで手書きされています。何百年もの時を経ているとは思えないほど色彩が新鮮で、思わずため息が出るほど美しい装飾画が描かれている写本もあれば、汚れてくしゃくしゃになっていても有益な調査結果を導き出してくれる写本もあります。最も有名な中世の写本の一つは、ジェフリー・チョーサー(1340頃~1400)の『カンタベリー物語』を収録したエレズミア写本(写真2)です。15世紀中ごろに筆写されています。現在、私が興味を持っているのは、1330年頃にアイルランドで書かれたと考えられている大英図書館に所蔵されている写本です(写真3)。当時の言語事情を反映して、英語、フランス語、ラテン語によって書かれており、英語の最古の子守歌や、宗教詩、痛烈な諷刺詩、フランシスコ修道会に関係する記録などが収められています。
図書館で定期的に行われている特別展示を見たことがありますか。関西大学にたくさん面白い蔵書があることがわかります。芸術家で作家のウィリアム・モリス(1834-1896)が 私家版限定本として出版したケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』のファクシミリが展示されたことがありました。これは、印刷本における世界三大美書の1つと呼ばれています(写真4)。羊皮紙に印刷された本物は1997年のオークションで6000万円の値がついたそうです。コアラでキーワード検索して、あなたにとって興味深い分野の図書を探してみては?好きなトピックが意外な方向に展開するかもしれません。