公立の中学校で26年間、英語を教えてきました。英語を使える力は、授業だけ聞いていてもなかなか身につかないもの。自分の努力で理解を深めてこそ力が伸びるので、生徒たちには自主学習に力を入れるよう指導していました。
私の授業では原則3冊のノートを使用していました。授業用ノートに加えて家庭学習用ノートと、学んだ内容をまとめる清書用ノートです。家庭学習用ノートでは、授業で習った構文や文法を使ってさまざまな表現のパターンを練習します。さらに自分の学校生活や身の回りの出来事に合わせてそのパターンを応用することで、表現の幅を広げていくのです。家庭学習用ノートは授業の際に提出してもらうのですが、朱書きは正しい答えのヒントを示すだけ。すると生徒たちは自分のミスの原因を追及して、どこが間違っていたか、正しい答えは何なのかという「気づき」にたどり着き、自分の力にしていきます。
私は、この「気づき」こそが学びに必要なものだと感じています。現在、学部で英語のクラスを担当しており、中学生と大学生では英語に対する姿勢や基礎学力に違いがありますが、さまざまな「気づき」に巡りあってほしいという願いは同じです。学生には中高6年間の学習で身につけた単語や文法、読解の力を活用して、より高度な「気づき」を体験してもらいたいと考えています。例えば、英語の文章読解です。ある企業について述べた文章があるとして、それを単純に読み下すのは高校生までのレベル。私の授業では、文章の内容を熟考したうえで自分の意見を述べることを求めます。学生たちは経済の専門用語や難しい文章構成に苦戦することも多いですが、自力で資料を調べ、英語のみならず経済の知識や情報までどんどん吸収していきます。最終的にはそれぞれが独自の意見を持つようになり、学生のほとんどが英語でさまざまな情報をアウト・プットできるようになるのです。英語科教育法でも、教科書をどう使えば生徒の「気づき」を促せるかということに関して、徹底的に考えてもらっています。その過程を通して、本質的に英語を理解する楽しさや英語で自分の意見を発信できる喜びなどを学んでほしいと思います。
また英語教師を目指している学生や現役の教師の方に向けて、大学院では外国語教育特殊研究をレクチャーしています。ここで私が伝えたいのは、生徒の頭と心が動く授業作りです。生徒が自立した学習者になるためには何をすればよいか。日本の英語教育の問題点は何か。どうすればそれらの問題を解決できるかについてディスカッションしていきます。
将来自分の生徒たちに「気づき」を促すためにも、受講生のみなさんにはより多くの「気づき」に出会い、未知のことを理解できるようになる面白さを感じてもらいたいと願っています。そしてどんどん視野を広げ、人間的にも成長していってほしいと思います。
私の専攻は、ラテンアメリカ文学です。なかでもスペイン語の現代詩に興味を持っており、スペインとラテンアメリカの近現代詩の共通性や差異を探っています。「詩」という表現は一見、難解でとっつきにくいものかもしれませんが、作者が一つひとつの言葉に込めた意味や主張を丁寧に読み解いていくとそこには驚くほど豊かな文学的世界が広がっていることがわかります。たとえば語学の授業で「これは本です」という例文が出てきたならば、それは指し示した手近にある対象が、文字の印刷された何十枚、何百枚もの紙を綴じることによって作られる「本」という物質であることを意味するに過ぎません。しかし詩の場合には、それぞれの言葉から多様なイメージが広がり、時として「本」という言葉が意味するのは「本」ではないのです。日常の会話や情報伝達を成立させるために存在するのも「言葉」なら、詩の中でさまざまなイメージを構築することができるのもまた「言葉」だと言えます。中世の叙情詩やそこから発展した「ロマンセ」、ゴンゴラやケベードといった稀代の詩人たちが活躍した「黄金世紀」、ベッケルの叙情詩によって代表されるロマン主義、マチャードやヒメネスが切り開いた近代詩・・・、十世紀ほどの長い時間をかけて育まれてきたスペイン語詩の伝統のうちには、彫琢された言葉の豊饒さが感じられます。今後もラテンアメリカの近現代詩の研究を通して、スペイン語という「言葉」が持つ魅力を追究していくつもりです。
スペイン語の文法・講読のクラスに加えて、「スペイン文化論」や「外国語概論」といった講義科目を担当しています。現在、スペイン語は20ヵ国以上で公用語になっています。スペイン語を学ぶということは、それを話す数億人もの人々の暮らしや文化、社会について理解を深めることにほかなりません。そこで文法や講読のクラスでも、スペインや、キューバなどラテンアメリカの国々の現地の映像をお見せしたり、アニメーションなど日本の文化がスペイン語圏でどのような形で受容されているのか紹介したり、言葉の背景にあるものを想起してもらえるように心がけています。コミュニケーションの手段として言語それ自体を学ぶことはもちろん大切ですが、学生のみなさんには外国語を学ぶことで新しい視野やものの考え方を育んでもらうことを期待しています。
小学生や中学生の頃から親しんできた英語と、文法や語彙が異なるスペイン語を修得することは大変だと思います。とはいえ新しい言語を通じてコミュニケーション力が向上したり視野が広がったり、努力と苦労に見合う成果を得られるのもまた事実です。関西大学では、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ大学をはじめとして、メキシコのモレロス州立自治大学やエクアドルのグアヤキル・サンティアゴ・カトリック大学といった大学と学術協定を結んでいます。また学内の「国際部」では留学生ボランティアによる外国語会話交流会も実施しており、ネイティブスピーカーとスペイン語で会話できる機会を設けています。充実した外国語修得支援を活用し、積極的にスペイン語の力を身につけてもらいたいと思います。
学部では、フランス語の語学クラスを担当しています。私の授業では、文法や構文を説明してから例文を発音してみる、という一般的な授業の進め方はほとんどしません。例えば「私は大阪に住んでいます」「彼女は京都に住んでいます」といったフランス語の文章を最初に教員が発音し、学生にも同じように発音させることから授業はスタートします。もちろん学生は、最初は自分たちが何を話しているのか正確に理解できませんが、そのうち教員のジェスチャーや「Kyoto」「Osaka」といった地名から住所のことを言っているのかも、と推測するようになります。そして最後に文章の意味や文法の説明をすると、それまで例文の内容を理解できずに試行錯誤を繰り返した分、「この単語はこういう意味なのか」「知らない動詞かと思ったけど変化していただけだった」といった発見にたどり着きます。「相手の話す内容を理解したい」というコミュニケーションの原理を利用することで、授業テーマをより印象的に学ぶことが可能なのです。
このようなフランス語教員としての経験を活かしながら、学部の教職課程では高校のフランス語教諭をめざす学生にフランス語教授法をレクチャーする「フランス語科教育法」も担当しています。フランス語は英語と異なり、多くの日本人に学習経験がある言語とは言い難く、日常生活のなかで触れ合う機会も少ないといえます。そのためフランス語を教える際には「フランス語って難しそう」という壁を取り払い、いかにフランス語への興味を持ってもらうか、という点が大きな課題となってきます。
そこで私が提案し、しばしば大学の語学クラスでも使うのが、フランスで出版されたフランス語の絵本です。絵本はなんといってもビジュアルと単語のイメージが結びつきやすく、ひとつのフレーズを繰り返す傾向があるので、初級者の学習に適していると言えます。文法や構文を解説するだけでなく、フランス語への親しみやすい入り口を提示することもフランス語教員の大きな役割と言えるでしょう。
近年、私が興味を持っている語学の教育メソッドに「パターンプラクティス」の応用があげられます。パターンプラクティスとは、ひとつの構文や例文をとにかく何度も読んだり言ったりして覚え込む方法で、1960年代から70年代の言語教育では頻繁に用いられてきました。ところが機械的な暗記では型にはまった表現しかできないという理由で、パターンプラクティスの弊害が指摘されることの方が多いのが現状です。しかし外国語でコミュニケーションを取るためには、とにかく語いを増やし、操れる語形を増やすのが近道です。今後は教壇に立つかたわら、パターンプラクティスのような以前の方法論を見直し、改良を加えて、日本人学習者にとって真に学習効果のあがるフランス語教授法を確立していきたいと思っています。