【関大社会安全学部 リレーコラム】地震備え 社会のあり方問い直す

 政府は2年前から会合を重ね、南海トラフ地震の新たな被害想定の公表に向けて議論を進めてきました。私もその委員の一人として関わっています。日本の防災は今、大きな転換期を迎えています。本稿では、この転換期に求められる取り組みについて、いくつかの視点から考えます。

 「最大クラスの津波への備え」は、引き続き重要な課題です。東日本大震災の教訓を踏まえ、この10年で想定外をなくす取り組みが進み、広範なエリアで避難対策と意識向上が進められました。例えば、大阪・梅田地区でも新たに津波浸水が想定されるようになりました。しかし、外国人観光客など土地勘のない来訪者が適切に避難できるとは限りません。今後は、誰もがとっさに避難できるまちづくりに重点を置く必要があります。

 「耐震性の低い建物への対応」では、旧耐震の住宅を引き継ぐ世代へのアプローチが課題となります。政府は5年後をめどに旧耐震住宅をゼロにする方針を掲げていますが、耐震性が改善されないまま引き継がれると、耐震改修の機会が10年以上失われる可能性があります。この世代が安心して暮らせるよう、改修を促す仕組みづくりが求められます。

 「災害関連死の防止」は、今後、南海トラフ地震対策の重要な柱とすべき課題です。これまで、南海トラフ地震における関連死の具体的な数値は示されていません。しかし、過去の災害を踏まえると、その犠牲者数は津波に次いで多く、数万人規模に及ぶ可能性があります。関連死を減らすには、「単純な解決策はない」と認識することが重要です。医療や福祉の役割は大きいものの、それだけに頼るのではなく、生活環境の改善に向けた多様な立場からの関与が欠かせません。

 「防災と日常生活のバランス」も重要な視点です。最大クラスの災害を想定した対策は、その発生頻度を踏まえつつ、日常生活との調和を考えながら進める必要があります。南海トラフ地震への備えは、単なる防災対策にとどまらず、社会のあり方を問い直すものでもあります。多くの人が関心を持ち、持続可能な社会の実現に向けた議論が深まることを願っています。(関西大学社会安全学部教授 奥村与志弘)(2025-03-17・大阪夕刊・国際・3社掲載)