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関西大学政策創造学部
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vol.9「アート・オブ・ライフ、アート・オブ・アンソロポロジー」column by 三枝憲太郎准教授
私が専攻しているアンソロポロジーすなわち人類学という学問は、一般には「聞いたことはあるけど、いまいち意味不明」というジャンルに分類されています。これは、日本でもイギリスでも同じです。「何を勉強しているのですか?」「社会人類学です」「はぁ・・・」という居心地の悪いやり取りを何度繰り返したことか。こうした会話(というか正確にはその不成立)が際限なく繰り返される理由は、一つには、この人類学という学問が研究の対象としている領域がとても一口では説明できないほどの広がりをもっているところにあります。カラハリ砂漠に暮らす狩猟採集民の親族形態を研究している人も入れば、東京の金融市場で活躍するディーラーやトレーダーの人々の思考様式を理解しようとしている人もいます。有り体に言ってしまえば、この世界に存在するあらゆる人々や事柄が人類学の研究対象となり得ます。つまり、研究対象から性格を特定できないことが、人類学という学問をわかりにくくしているわけです。
人類学を一つの学問分野としてまとめあげているのは、実は研究対象ではなくて、研究手法の方にあります。それが、フィールドワークという実践的調査法です。人類学者の研究対象は無限にありますが、人類学者になる道は一つしかありません。フィールドワークをして、その結果をエスノグラフィーにまとめることです。昨今フィールドワークという言葉が乱用されていて、学校の外でなにかをすれば即フィールドワークと呼ばれる風潮がありますが、人類学のフィールドワークはそういうものとは少し違っています。フィールドワークでは、研究対象となる人々の中で長期間(普通は1−2年)暮らしながらその人々についての理解を深めていくという、息の長い濃密な人間関係からなるプロセスを経験しなければなりません。研究対象を外側から眺めるだけではなく、その内側に入り込んでいくことが求められているわけです。それは、多くの場合新鮮な驚きと心躍る発見からなる日々です。自分が普段暮らしている世界とは別のもう一つの新しい世界の中で人間関係が広がっていく喜びは、筆舌に尽くし難いものがあります。しかしその一方で、対象との距離が近くなるにつれて、その人間関係に起因するトラブルに巻き込まれることも多くなります。いずれにしても、フィールドワークにおいては、調査とプライベートな時間との境は限りなく曖昧になっていきます。そこでは生活そのものが調査となってしまうことが多いからです。それは見方を変えれば、調査者の人間性そのものが試されるのがフィールドワークだということにもなります。
さて、そのフィールドワークですが、なんの予備知識もなく調査地に飛び込むわけではありません。それどころか、綿密な準備をして調査を開始するのが一般的な手続きです。初めてのフィールドワークを計画している者は、普通一年近くかけて研究計画書というものを作成します。それを作る過程で、自分の調査地やそこで暮らす人々についての知識を蓄えるとともに、自分が何を知りたいのか、見てみたいのか、という問題意識を研ぎすましていくわけです。私が学んだ大学院では、その内容をデパートメントに所属する教官・院生の全員が一同に会したセミナーで発表して批判をもらい、さらにそれを一冊の冊子にまとめて提出することが求められました。3人の教官からなる審査会がその内容を検討した結果、よしということであれば、初めてフィールドに出ることが許されます。つまり、フィールドワークに出かける者は、すでに調査地についてのかなりの知識を積み上げ、調査についての視点を造り上げた上で、調査を開始するわけです。
ところが、いざフィールドに出るまえに、教官や先輩たちから異口同音に忠告されたのは、「計画書に縛られるな」ということでした。色々な言われ方をしましたが、印象に残っているのは、「フィールドでは自分にコントロールできることはほとんど何もない」という言葉です。何度も受けた忠告でしたが、フィールドに出る前の私には今ひとつよく理解できませんでした。山ほどある文献をかなりの無理をして読み込み、何度も徹夜して仕上げた計画書を捨てるということは、なかなかできることではありません。実際にフィールドに出た私は、忠告を完全に無視して(というかすっかり忘れて)計画書に書いたように調査を進めようとしました。自分が聞きたいことや見たいことだけを自分の都合に合わせて見たり聞いたりしようとしたわけです。ところが、それではうまくいかないことが様々な局面で起こってきました。半年も経つうちに、調査の方は完全に手詰まりになっていることが次第に明らかになってきました。まず、会って話を聞いてみたいと思っていた人々になかなか会えないし、会って話をしていても、こちらが聞きたいことについて、向こうは別に関心もないし、通り一遍の紋切り型の答えが返ってくるばかりです。参ったなあ、どうすればいいんだろう。相当な対価を払って行っている調査です。失敗するわけにはいきません。時間も無くなっていくし、途方に暮れたまま調査を続けていた情けない気分を今でもよく覚えています。
何か劇的な瞬間があってそうした泥沼から抜け出たわけではありません。不調な調査とは対照的に、人間関係の方はまったく予想もしていなかったペースで広がっていました。調査地のだれもが進んで私を友人・知人に紹介してくれたおかげで、当初考えてもいなかった人たちとつきあいをもつようになっていたのです。結果的には、そのようにして友人となった人たちとのなにげないやりとりが、スランプ脱出のきっかけになりました。調査という意識なしに彼らと交わしていた会話の中で、彼らの方から強く語りかけてくる話題があることにふと気がついたのです。自分の関心に相手を無理矢理引きずりこむのではなく、相手の関心に寄り添うようにしてフィールドを見ることで、新しい視点と世界が見えてきました。その結果、計画書の研究内容とはかなり異なったテーマで調査を継続し、エスノグラフィーを書き上げることになりました。それぞれのフィールドには、それぞれのフィールドが語りたがっているものがあります。耳を澄ましてそれをうまく聞き取ること。それができる心の準備をしておくように、というのが教官や先輩たちのくれた教訓でした。フィールドにおける現実は、私たちを予期していなかったような事態の連鎖へと巻き込んでいきます。それを受け入れ、進んで抱きとめていくことが調査を成功させる秘訣です。これはおそらく人類学のフィールドワークにだけあてはまることではないと思います。政策創造学部では現場に出ることを強く学生に勧めています。その中で、学生たちが現場の声を聞き取る力をつけていってくれることを期待しています。


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