


インターネットのバックボーンとなったARPAネットが生まれた背景を扱った著書。俗説では、ARPAネットは核攻撃を避けるための分散型ネットワークとして計画されたとされていますが、それは、別の実現しなかった計画との混同から起こった誤りです。実際には、ARPAという米国国防総省の一部局の中にあった、情報処理技術部が研究開発支援を行っていた助成先の時分割処理システムを結ぶ、研究者用ネットワークとして構想されました。
情報処理技術部が、どのような背景からこうしたネットワーク構築に取り組むことになったのかを、初代部長であったリックライダーの思想を軸に、同時代のコンピューティングをめぐる技術的な状況や、政治・経済的な背景などを描くことで明らかにしようとしたのが、本書です。筆者は、ある新しい技術的なシステムができるときには、まず、開発思想(vision)が生まれ、それをどのように技術的に実現するかという技術的アジェンダ(agenda)に変換され、さらに、具体的な設計(design)になってゆくという、三つの段階を想定しています。本書では、開発思想の成立に力点がおかれています。
もともと博士論文の一部をまとめた本であり、一次文献資料調査や当事者にインタビューした内容をもとにしているため、かなり詳しい記述が多いのですが、発売直後から、新聞や雑誌で書評をしていただき、2003年度日経BP・Biztech図書賞も頂戴するなど、大変励みになりました。現在、博士論文の後半部分をもとに、二冊目の本を執筆中です。
こうした、歴史研究の専門性を生かして、総合情報学部では、一年次配当の「情報社会論」という科目で、現代的な「情報社会」の諸問題を扱う際に歴史的な視点を加えて講義を組み立てています。新しい事態だと単純に思いこみやすい問題に、歴史的なルーツがあることを知ると、問題の理解が深まるからです。また、これは、必修科目ですので、人文・社会科学系の傾向が強い学生ばかりではなく、将来新しい技術を開発したいという学生も履修しています。そうした実際にシステム開発に携わろうとする学生にも、歴史的な視点で技術のしくみを考えることを通じて、技術の新しい方向性を見いだす際のヒントを得てもらえれば、と思っています。また、私のゼミでは、「『情報社会』の歴史的研究」というテーマを掲げています。集まってくださった学生のみなさんには、それぞれの興味あるトピックスについて、歴史的な視点から分析に取り組んでもらうことにしています。